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もう気がつけば11月です。

今、多くの人々が興味を持っている熱いテーマがあります。それが、住民たちの民意で決まる選挙、住民投票です。

いわゆる大阪都構想、大阪市廃止に伴う特別区設置についての住民投票。

  • 大阪都構想について、一番の当事者である「大阪市民」が一番この投票について思い入れがあるのではないでしょうか。うちの整骨院でも、大阪市民が多く来院されます。彼らもすごく関心を示しているのではないかと思います。
  • かくいう私たち家族も大阪市民ですので、投票には行ってきました。
  • 最終的には反対多数で大阪市廃止は否決となりました。
  • それにしてもすごい接戦でした。49%、51%。ほとんど5年前の再現でした。

大阪市西区、特に西長堀周辺の繁栄の礎(いしずえ)となった三菱商会

  • 皆さんは「三菱商会」ってご存知でしょうか?三菱は知ってる、三菱財閥も知ってる、という方は多いのではないかと思います。日本史の教科書にも三菱商会って出てくるのは出てくるんですけどね。掘り下げると、少し面白いと思います。
  • さて、三菱商会といえば誰?というクイズになりますが…
  • 答えは、「岩崎弥太郎」です。そして、院長が高知県出身で、岩崎弥太郎も土佐国安芸郡の出身なんです。ですから、院長は時間があるときには高知県で少し史料館など回って楽しんだりしています。
  • 岩崎弥太郎といえば、開国後の日本の明治時代において大きな影響力を持った武士であるということをご存知の方もいらっしゃるかと思います。

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  • 海運事業において頭角を現し、国内ではライバルがいないぐらい、事業に長けていたと言われています。海運といえば、海外への輸送なども含まれますし、戦争においても大きく貢献したと言われています。ですので、岩崎弥太郎は愛国心があって、日本のために働いてくれた武士と言えると思います。
  • 話は戻りますが、岩崎弥太郎は三菱商会を西長堀に設立したんですね。ですから、このような人物がこの土地にいる、ということは大阪市とか西長堀のネームバリューが結構大きいと言っても過言ではないかもしれません。

岩崎弥太郎の時代に大阪市が4区になった

  • 以下はWikipediaから引用していますが、明治時代にできた法律によって、明治12年に大阪市は4区にそれぞれ、正式名称がつけられました。とても単純なんですが、「東区」「南区」「西区」「北区」です。
  • そして、大正14年に13区になりました。大きくなってきたからですね。まさに「大きな」大阪の時代でした。
  • 昭和18年に22区になりました。戦争において決戦が迫っていたため、こういうふうに解体的に区を分割したと言われています。
  • 昭和31年、政令指定都市になりました。特別扱いされるようになるわけですね。
  • 昭和49年、26区になりました。
  • 平成元年、4区を統合により2区にすることで、24区に減りました。廃止された区があるわけです。
  • 私の考えなんですが、私は4区でもいいと思っているんですよ。むしろ「東区」「南区」「西区」「北区」でも構わないと思ってるぐらいです。都構想では、「淀川区」「北区」「天王寺区」「中央区」なんですけどね。
  • 要は、「シンプル・イズ・ザ・ベスト」だと思うんです。外国人が大阪に来ても、「North」「South」「West」「East」って聞いたら大阪はわかりやすい、と思ってくれるのではないでしょうか。

歴史は興亡を繰り返す

  • 歴史って興亡を繰り返すと思うんですよ。ですから、岩崎弥太郎が大阪市を大きくするためのスタートラインにおいて活躍してくれたと思っています。それから100年以上が経過しているんですが、それがいつまでも続くかというとそうでもないと思いますし、原点に立ち返って、「もう一度岩崎弥太郎のような人物が出てきて、大阪市をより一層素晴らしいところにしてくれるかも」という期待を込めて、私は特別区4つから再スタートするのも悪くないとは思うんですけどね。21世紀初めには、大阪の財政ってそれぐらい悪くなっていたんです。
  • 現在の与党である、大阪維新の会が、大阪で子どもたちが生活しやすいような環境を整え、色々と街の中を見栄えの良いところにしてくれました。私も最近、ニトリおよび大阪市立大学病院に行くときに、いわゆる「あいりん地区」を通ったことがあるのですが、すごく見違えるようになりました(あいりん地区を見たことがない方にとっては、今、あいりん地区を訪れても変化があったのか、想像が難しいかもしれませんが)。
  • 私は「お金があっても、それを活かすも殺すも、それを使う人次第」だと思います。お金をうまく使ってくれる政治家こそ有望と言えるのではないかと思います。某知事が2000万円のセンチュリーに乗っていたようなこともありましたね。ああいう例も一つですね。政令指定都市でなくても、有望な政治家であれば大阪のことを考えて行動してくれるだろうと思っていました。
  • 歴史の転換点というのは、多くの場合、その「国」が財政的に破綻していたり、クーデターなどによってもたらされることが多いと本で読んだことがあります。江戸時代が終わったのも、多くの国民が借金などで苦しんでいて、幕府自体も然り、でしたのでリセットする必要があったということですね。
  • 今思うんですが、大阪維新の会は大阪市(+大阪府)をリセットせずになんとか立て直そうとしてきたわけです。ただ、それがあまりクローズアップされていなかったのかもしれません。それは大阪市が政令指定都市であるから、ということも関係しているかもしれません。

反対側もう少し正しく説明しないといけないのでは

  • 選挙に関する法律(公職選挙法)では、マスコミなどは「虚偽の内容を流布してはいけない」とされているそうです。違反すれば当然、問題になります。
  • 毎日新聞が住民投票の数日前に「200億円の経費が発生する」と言う情報を一面記事で印刷したことは記憶に新しいです。ただ、これも役所の公務員が間違って発表して、それを毎日新聞が大きく記事に取り上げた、という流れなんです。これはもう少し、どうして役所がこういう間違ったことを発表してしまったのか、という原因を追究しないといけないのではと思います。
  • これは明らかに誤報であり、「今の政令指定都市、大阪市を4つの政令指定都市に分割する場合」の算出額です。
  • 今年の夏、最高裁で「リツイートにも責任が生じる」という判断がくだされたのは記憶に新しいです。さり気なくリツイートしても、ダメという判断がくだされたのです。著作権侵害や、名誉毀損は、リツイートであってもしたらいけないということになりますね。
  • 新聞記事もツイッターと同じように考えれば、これは毎日新聞も責任は免れないのではと思います。
  • もう一つ気になるのが、反対派が言っている「大阪市がなくなれば二度ともとに戻すことはできません」という文言ですが、これも間違いではないかと思います。数十年後、大阪市を再度作るという法律はないわけではありませんので、市民たちが大阪市の復活を望んでいれば、できないことはないそうです。これはミスリードだと思います。
  • 結局、五分五分の住民投票だったのではないかと思います。米国の選挙もそうですが、有権者が正しく判断できる情報を平等に共有されなければいけないなと改めて感じます。

投票が「義務」である国って?

  • その前に、日本では健康保険に加入することが「義務」であるということをご存知でしょうか?よく「国民皆保険」と言われますが、この熟語の意味するところは、「強制的に国民全員が健康保険に加入しなければならない」という珍しい制度です。我々が医療を受けられるのもこの制度のおかげなのですが、まさか「強制加入」とはね…。世界でもこういう制度は珍しいんです。先進国でも。
  • 整骨院でも多くの患者様が健康保険証を持参され、施術を受けられます。柔道整復保険、その名の通り柔道整復が保険適用というのも、日本オンリーの制度です。これからもこの技術を皆様の健康のために生かしてまいりたいと思っています。
  • さて、世界では投票が義務の国があるんですが、その中でも先進国では「オーストラリア」が有名です。投票率9割超えは普通です。投票しなかったら罰せられる(罰金ですが)。これは特殊です。
  • 民意をきちんと反映させるなら、投票は義務化してもいいのではないか、と私は思いますよ。特に今回のような住民投票はそうしたほうがいいかもしれないと思いました。
  • 「反対」なら投票に行く可能性は高くなりますが、「賛成」なら投票に行かない可能性も高くなるのではと思いました。それは、正しく民意を汲み取れているのか、疑問ではあるかも。
  • ちなみに日本では、議員選挙では「自分の投票したい議員1人」しか書けませんが、オーストラリアでは、すべての立候補者に順位をつけて投票しないといけないんです。ですから、かなり民意が反映されやすい形となるんですね。日本もオーストラリアの選挙制度のようになってほしいですね。オーストラリアの制度は「世界で最も完璧に近い」と言われるぐらいです。

また明治時代の話になりますが

  • 廃藩置県ってありましたね。思うんですが、その時自分たちの住んでいた藩がなくなり、県が設置されたら、藩名に愛着があったので悲しいという人も少なくなかったのかなとも思います。
  • 大阪市で、24区ありますが、やはりそれぞれの区の名前に愛着があるという方も少なくないかもしれません。それで、判断される方も多いかもですね。
  • 廃藩置県では、いわゆる政争があったと言われています。でも、武士たちの強い反発の中で廃藩置県は「断行」されました。その断行において白羽の矢を立てられたのが、西郷隆盛です。メンタルが強かったのかもしれませんね。歴史が動くタイミングだったのだろうと思います。
  • 時代は変わって、令和の時代。民意を重視する現代のやり方。明治時代のように政争があろうと断行するようなやり方。どっちがいいのかは、結局わからずじまいですが、ひとまず民意を重視するということで前を向いてやっていくのみでしょう。大阪が良くなっていきますように。バーチャル都構想がしばらく続けばと思っております。

次は米国大統領選挙!

  • 11月3日、米国では大統領選挙が行われます。これについても、後日また放談にまとめたいと思いますので、お読みいただければ幸いです。

岩崎彌太郎舊邸跡が整骨院の近くにあります。土佐稲荷神社の庭にあります。

  • もしご興味がありましたら、一度訪れてみてください。小さなところですが。
  • 岩崎氏がここに来られたことによる地名の名残があります。例えば、鰹座橋。土佐といえばカツオをイメージしますね。土佐堀、これも高知県ですね。白髪山というのも高知県にあって、白髪橋という名前もこれから来ていると言われています。後は、江戸堀(東京)、京町堀(京都)など。大阪市西区は全国から集まる商品などの物流の大きな中心地となったと言われています。